先輩へのインタビュー~心理士編

内田勝美心理士

心理士になりたいと思ったきっかけ

高校2年の進路を決める時期に、保健体育の教科書で「フロイトの防衛機制」について知りました。
たまたま、自習時間が出来て、好きなテーマでレポートを出すことになりました。

その際に選んだテーマが「フロイトの防衛機制」でした。「抑圧」、「退行」、「投影」、「昇華」等多岐に及ぶ無意識の機制に驚きと興味を持ちました。
※防衛機制とは、簡単に言うと、好ましくない事柄が起きた場合に、そのまま受け入れ難いので、好ましくない事柄を無意識に変容してしまうことです。

高校生の進路選択の時期に、「フロイト」に出会い、もっと深く勉強したい、心についてもっと知りたいと思ったのが心理士になったきっかけと言えると思います。

進学

・フロイトや心や人間とは等を学ぶにはどうしたら良いのかを考えた時に、「心理士の職業」があることを知った高校生だった内田心理士は、心理士の専門学校に行くことを選択しました。
専門学校で「カウンセラー資格」を取得し卒業後は、精神病の単科病院でカウンセラーとして就職しました。
入院施設のある精神科で心理士を勤めているうちに、自分の勉強してきたことだけでは、とてもとても、知識が不足していると痛切に感じました。

そこで、大学に入って「心理学」を専攻しました。

・大学を卒業する頃には「臨床心理士」になりたいと思ったので、大学院に進学しました。

晴れて、大学院を卒業して臨床心理士になる見込みが出てきたので、ゆうメンタルクリニックを受けました。H21.3.21より心理士として入職しました。

ゆうメンタルクリニックでの仕事

ゆうメンタルクリニックには、大変多くの患者さんがおいでになります。
経度の神経症になった方が一番多いのですが、うつ病の方、ADHDで悩む方も多いです。それぞれの患者さんの状態や症状に応じて、アプローチの方法を考えます。認知行動療法だけは医師が指定してくる場合がありますが、ほとんどは心理士の裁量で決めることができます。

※アプローチとは、療法手法のことです。例として「認知行動療法」や「暴露療法」「曝露反応妨害法」など様々な療法があります。

患者さんの様子を仔細に観察しながらアプローチ法を探ります。患者さんが歩いて来る時から、この方は今どのような状況にあるのか注視しています。
カウンセリングルームへ案内してからは、傾聴しながら、お辛い状況について、見立てをします。
1~2回目のカウンセリングでアプローチ法を設定します。それからカウンセリングをだいたい、2週間に1度の間隔で行っていきます。

患者さんにカウンセリングを継続して頂けている間は、自分の見立ては医師の見立てと違っていないか、選択したアプローチで改善されているか医師の所見を見ながら考えます。
そこで矛盾点や疑問点が生じたら医師に質問しています。

ゆうメンタルクリニックのよいところ

こちらのクリニックで働いていて一番ありがたいのは、精神科医師がたくさんいらっしゃって質問したら答えて頂ける環境があることです。

他の病院では、精神科医師と心理士の接点は全く無く、会話をする機会すらありません。こちらのクリニックは「医師と心理士の連携」ができますので大変働きやすいです。

また、様々なアプローチ法の中から、どのアプローチを選択するかは概ね心理士が決めることができます。
自由裁量が大きい、これもこちらのクリニックで長く仕事が続けられる大きな理由です。心理士の技を尊重して頂けていると思っています。

患者さんからの感謝の言葉

・内田心理士へ

いつも話を聞いてくれてありがとうございます。

内田心理士は中性的なイメージです。なのであまり女性を意識せずに話が出来ました。(失礼だったらすみません)しっかりと向き合ってくださいました。たまに、正々堂々と叱ってくださいました。親でも兄弟でもないのに、よくそんなにと思います。カウンセリングが終ってから、いつも、喫茶店に行って、約20分間の会話を思い出しながら涙があふれてきます。悲しいのではなく、心から安堵した時の涙です。人間とは、わかってもらえたと安心すると涙が溢れるんだと初めて体験しました。
内田心理士がかけてくれた言葉を、あとから思出して泣いていた時期を経て、徐々に泣く代わりに「希望」「わくわくする思い」のほうに比重が変わってきました。おかげさまで、今はすっかり良くなりました。ありがとうございました。

内田心理士からのメッセージ

明日からもできるだけのことを精いっぱいやっていこうと思います。

伊澤翔太心理士

心理士になろうと思ったきっかけ

きっかけは、19歳の時の自分・・ですね。

希望して入った大学ではなかったし、親の価値観とずれていたことや、大学生活に生きがいを見いだせず一時は自殺をも考えるくらいに辛かった。
その時に、自分を理解してくれる人がいなかったことが一番つらかったでの「自分が理解できる人」になりたいと思った。

理解できる人になる、方法としては、心理学を学ぶことだと考えたが、いかんせん通っていた学部は心理学とは違っていた。
しかし、どうにか大学を卒業して、介護職に就職をしたが、やはり、心理学を勉強したい強い思いがあり、
退職して臨床心理士になるべく大学院に進学した。

臨床心理士の資格を取得するまで、学校の相談院や別の医療機関に勤務をしながら経験を積み、臨床心理士の資格が取れたので、こちらを受験して合格した。それからずっと勤務をしている。

ゆうメンタルクリニックでの仕事

患者さんが多くおいでになるので仕事は大変です。
また、心理士の一般的な業界な給与水準は低く、当院は医療系の心理士の中では良いほうだと思うが、経済的なものを求めるならば別の職業が良いと思う。
仕事は大変だし給料も高くないのですが、やりがいがあります。
そのやりがいとは、患者さんが治っていくのを目の当たりにできます。

患者さんがおいでになった、2週間前と比較して、待合に座っている様子から、またお話しを伺ってから明らかな改善が認められたら嬉しいですね。

またこちらの院の特徴として、DRからの心理療法の押しつけがない。これがこちらの院の仕事にやりがいを感じる最大のポイントです。
自分で患者さんを観察して、自分でどのようにもっていったら良いかを考えて心理療法を行っていくことができます。

その結果、たたずまいから、返答のしかた、発想まで良くなられているのを感じた時に心から良かったなと思います。

患者さんから「お蔭さまで良くなりました」と言われることにつてはあまり感動はしません。

こちらの働きかけでそうなったのではなく、患者さん自らの力で元気になられた、患者さんがご自分に自信をもたれたんだなと感じられたところを到達点としています。

自分のことに自信の持てる人が増やせたらいいですね。

19歳の頃の自分にも、自信を持たせることができる人がいたら良かったかもしれませんね。
自分と患者さんは重ねないように訓練されてますけどもね。

S心理士

心理士になったきっかけはなんですか?

25年以上看護師として保育所に勤めておりました。
ゼロ歳児がいる公立保育園には、園内に保育士以外に1人だけ看護師がおります。
25年以上保育所内の看護師を勤めてきました。

2年ほどまえに保育士さんで、ひどいイジメにあい「うつ病」になってしまった方がいました。
保育園は女性ばかりの職場で、年齢層も幅があり、また人数も多いため、グループができるようです。
そのグループに入れなかったり、入ったグループ内で人間関係がこじれてしまったら、酷いイジメを受けるようです。
園内で看護師は1人だけなので、いじめられている方からとても頼りにされました。

話を聞くにつれ、大人のイジメの実態を知りました。そのことが保育園なので子供たちにも影響が出たら大変だと思いました。

どんどん「うつ病」の方は症状が悪化してついに退職されることになりました。

できる事なら、どうにかしたいと思いました、でも看護師の知識では、どう言葉をかけていいのかすらわかりませんでした。
そのことがきっかけとなり、保育園を退職し、専門学校に入りなおし「産業カウンセラー」の資格を取得しました。

そこで、受容、共感、理解するという「傾聴」について及第点を頂き、はれて、ゆうメンタルクリニックに就職させて頂きました。

ゆうメンタルクリニックでの仕事

毎日、多くの患者さんの悩みを傾聴しております。看護師視点とカウンセラー視点で傾聴しております。
私にできる事は、今は傾聴するだけですが、熱心に傾聴していて気がつきました。

元同僚は、同じ職場の中ではなく、全く別の環境の方に相談をしてみたら病気が長引くこともなかったのではないかと。
そのような全く違った場所が提供できる施設が「ゆうメンタルクリニックのカウンセリングルーム」だと思います。
本当に社会に必要であり、また、大切な場所であると痛感しております。

こちらではカウンセリングを受けた方へのアンケートが実施されており、カウンセラーの評価がダイレクトにわかるので、
良いこともあれば心折れそうになることもあります。
それでも、多くの方に指示されつづけているカウンセリング重視のクリニックで、貴重な経験を積ませて頂だけているとありがたく思っております。

傾聴の次に求められていることがあることをひしひしと感じますので、勉強をしたいと思います。
講習会など積極的に受けていきたいと思います。学校にも通いたいと思っています。